「非人道的兵器」という言葉がある。しかしそれが意味するところについては人によってずいぶん異なるようだ。一度、ここで自分の考えをまとめたい。
例えば爆弾。多くの人を殺害でき、様々な思いの込められた市街を瞬く間に破壊する。これは非人道的兵器だろうか?
私はそうは思わない。人の命を奪う。人々から手足をもぎ取り、目や耳を永久に奪い取り、その生涯にわたり糞尿を垂れ流さざるをえないほどの苦痛を与える。爆弾は、それらの残虐を為し得る。だが、それをもって非人道的兵器とすべきだろうか。
答えは否、だ。それらの痛ましき事態を引き起こせるのは、なにも爆弾に限らない。拳銃であれナイフであれ、むごたらしく人体を破壊し、死に至らしめ得る。場合によっては拳ですら同様に人を害し得る。
いくらなんでも、拳やナイフまで「非人道的兵器」と定義すべきではない。であれば、それらとの間で破壊力の大小以外の差のない存在を「非人道的兵器」とは呼べない。
では、なにを「非人道的兵器」と呼べるだろうか。
私の考えでは、核兵器は一切の例外なく「非人道的兵器」だ。しかし、その破壊力のゆえではない。核兵器は次世代を、生をまだ授けられていない者たちをも害する。彼らにはなんら罪はない(原罪という考え方に私は同意できない)。それらを害すること以上に「非人道的」な行為があろうか。
枯れ葉剤などの化学兵器も同様だ。ただし、化学兵器のすべてが遺伝的被害を与えるか否かについては知識不足ゆえ判断できない。よって、化学兵器のすべてを「非人道的」と考えるべきかは保留する。
なお「非人道的兵器」だから絶対に保有してはならない、使用してはならないとは必ずしも考えない。世界から富を収奪することによって得られた繁栄のおこぼれで腹を満たしている自分が、そのような偽善を抱くべきではないからだ。