1940年1月、アメリカ陸軍は超長距離爆撃機の要求仕様データR-40Bを主要爆撃機メーカに送付した。受領したメーカの一つボーイングではすでに新型爆撃機の研究を進めており、そのうちのモデル341を同仕様にあわせて変更した。新たな社内名称はモデル345。のちのB-29<スーパー・フォートレス>である。
B-29は驚異的な航続距離、爆弾搭載量、最大高度を誇った。これらはライトR-3350空冷星形エンジン(2200hp)4発という力わざだけでなく、排気タービンや与圧室の採用など先進的な試みを取り入れた結果だった。
そのため実用化には多大な苦難があり、わけても有名なのが「カンサスの戦い」である。1944年3月から4月にかけ、B.E.メイヤー少将率いるチームは、いまだ実戦準備が整っていないB-29の群れを昼夜分かたず改修し続け、どうにか同年4月15日には、150機を第20爆撃軍団司令部への引き渡しを可能とした。
その後もB-29はさまざま不具合に悩まされたものの、日本への戦略爆撃で活躍した。それがもたらした大いなる破壊を思うと胸が痛むが、B-29こそ、たぐいまれなる強靱な意志が導いた栄光の存在だったのはたしかだ。
などと思いつつ今日はエリートのミッション1。いまちゃんとエクササイズできているのかどうかは、自分ではなかなかわからない。でも、あきらめずに続けていかねば、その判別もできない。あれこれ迷わず、愚直に続けよう。
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