観音寺付近にて突然ご老人に声をかけられる。以下はそのご老人から承ったお話の抜粋。
- 16歳から戦争に行った。
- 最初の半年は海軍で船の取り回しなどについて学んだ。
- 最初、船には陸軍と海軍から兵が乗り込んでいたが、海軍は内地についたら降りてしまった。
- しょうがないので内地でまた少し訓練をして、自分たちで武器も使うことになった。
- 島根の男は両肩に龍の刺青をいれており、たいそう気が荒く、よく少年兵を殴っていた。
- 少年兵らは便所で泣いていた。
- 敵の襲撃を受けたとき、砲座を受け持つはずだった島根の男は逃げ出していた。
- やむなく、自分が二回撃った。
- 砲弾の全長はこのぐらい(80cmほど?)長かった。だがちゃんと狙い撃つようなものではなく、単なる脅しだった。撃つときには耳に綿をつめたが、猛烈な火炎で目がやられそうだった。(対潜噴進弾であろうか?)
- 大陸に豆タンクなども運んだ。豆タンクは中央の大型クレーンでしか荷役できなかった。
- 南方では、入港すると港の船すべてが焼けていたこともあった。もう少し早く入港していたら、自分たちもやられていた。
- 南方から油を持ち帰る際、船が沈んだ。自分は村で一番泳ぎがたっしゃだったので、燃える油の海をなんとかのりきった。もし油の中で頭を上げれば焼け死ぬから、潜水して上を見ながら泳いだ。
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