663年、朝鮮半島の白村江(現在の錦江)にて、唐・新羅の連合軍と倭(日本)・百済再興軍とが衝突した。いわゆる白村江の戦いである。
戦力では優位だった倭・百済軍だったが、唐のたくみな戦術もあり、大敗を喫する。日本は百済の難民らとともに半島より退却せざるを得なかった。
日本はその後、豊臣秀吉の治世に至るまで、朝鮮半島へと進出することはなかった。その理由のすべてがこの敗北故とはしないが、日本の為政者らに与えた衝撃はやはり大きかったのだろう。
戦力では優位だった倭・百済軍だったが、唐のたくみな戦術もあり、大敗を喫する。日本は百済の難民らとともに半島より退却せざるを得なかった。
日本はその後、豊臣秀吉の治世に至るまで、朝鮮半島へと進出することはなかった。その理由のすべてがこの敗北故とはしないが、日本の為政者らに与えた衝撃はやはり大きかったのだろう。
…たしか有坂純先生がこの戦いについて記しておられたと記憶しているが、ちょっとどこに行ったか不明。そんな訳で今回もえらくいい加減でございます、はい。
とまあまるっきりだめな感じで今日はターゲットタエボーの胸&肩および腹筋。いろいろ立派な人の指導を受けているのに「こんな」なのは、我ながら情けないなあ。
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