多少なりともリアル系の架空戦記だと、日本のダメなところが必ず出てくる。牟田口の無謀な作戦とか、辻の無責任かつ無反省な振る舞いとか、帝国海軍の「国より海軍が大事」な姿勢とか、人脈や年功ばかりがやたら重視されたりとか、そんなやつだ。
なんでそんなのを書くかといえば、いろんなケースがある。
歴史改変があまりにスムーズだと火葬系になっちゃうのでちょっとスパイスとして、というケース。また、あからさまに著者のルサンチマンの投影として史実のダメっぽさを描写するケースもある(少し前までの横山さんとか)。
で、個人的に好きなのは、プラスの歴史改変を導く契機として、マイナスの歴史改変を生じさせる材料として「ダメなところ」を利用するパターン。
歴史というのは面白いもので、つまずきも何もなく順調に成功していくって事例はあまりない。多少痛い目にあったり、つまらない失敗を経たがゆえに、その後の成功を導いたという事例はけっこうあげられるものだ。もちろん、小失敗から「羮に懲りて膾を吹く」の愚に陥っちゃうケースもあるんだけど。
で、マイナスの歴史改変材料としての「ダメなところ」の成功事例としては、最近なら中岡さんの「帝国の擾乱」があげられる。この作品では服部卓四郎のクーデター、およびその後の混乱に乗じて、アメリカが全力で日本を叩きつぶそうとする。史実以上の大ピンチだが、それゆえに陸海軍が協調して善戦する。まあ、まだシリーズとして続きそうなので、これからどうなるかは不明だが。
また、ルサンチマンの投影としての「ダメなところ」というのも、それなりに市場ニーズがある。サラリーマンなりなんなりとして組織の現実に苦しめられている読者の共感を呼ぶという事例は多かろう。だからこそ横山さんの鬱々戦記もそれなりに売れ続けた訳だし。
で、「昭和の名将と愚将」を読んでいて思いついたのだが、より読者の共感を呼びこむために、「ダメなところ」によるマイナスの歴史改変を、もっと現代側に配置してはどうだろうか。
例えば、戦後に服部機関らがクーデターをおこし、しかもアメリカがそれを容認しちゃうとか。あるいは、WW2の講和に成功しちゃって、無反省なままの帝国が維持されちゃうとか。
そこからプラスの方向へ歴史を改変する動きを描けば、それは読者を共感させ、かつ喜ばせることができるに思える。
みんなが嫌いなあの政治家とかあの政党とか、あの役人どもらを「悪役」として配置し、それらを打ち倒して歴史を推し進める展開なら、読者の喝采を得ることもできるのではないか。
うーん、誰か書かないかな。
「それらを打ち倒して」と書くからには、あの政党がどこなのかはわかっちゃうけれども、無理だろう。その政党の成り立ちとか、「役人ども」が何故生き残ったのかを考えたならば、アメリカともう一度殴りあう必要が出るのではないか?
投稿情報: kaz1 | 2008-03-09 13:23
>もう一度
それも面白そうですね。
その場合、おそらく殴り合いの次元はWW2とはまったく異なるでしょうが。低次元の戦いが牧歌的とも限らないというのは、昨今ことさらに感じられることでもありますし。
投稿情報: Hi-Low-Mix | 2008-03-09 20:32