436年は宋の武将、檀道済の没年。
檀道済は宋の建国者たる劉裕とともに活躍して武名をあげ、劉裕の死後も国政に大きな影響力を及ぼした。だがそれゆえに自らが擁立した文帝によって殺害されている。
なお彼は、北魏討伐戦において後一歩まで迫りながらも兵糧不足により撤退を余儀なくされたこともあった。その際に彼は計略を用いて兵糧が十二分であるかのように装い、北魏の追撃を免れて無事に軍を後退させている。
その見事な手際が後世、「檀公の策は数多くあるが、逃げることを最も得意とした」と評され、後に「三十六計逃げるにしかず」の語源となったという。
そっかー、単に「逃げるが勝ち」ってことじゃなかったのね、などと感心しつつ今日の二度目はTAEBO1。
いろいろな意味でおごらず、知恵をこらして、柔軟に方向転換できる意志を保つ…難しいが、大事なことだな。
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