584年は後に隋の皇太子となる楊昭の生年。暴君とされる隋の第二代皇帝、煬帝の子である。
優れた武人でありながら穏やかで慎み深く、質実ながら臣下らにも細やかに気を配ったという。
だが彼は病に倒れ、第三代皇帝の座は彼の子が継ぐこととなる。
伝えられるところでは、彼が倒れたのはその叔父、楊勇の祟りゆえとされる。楊勇は煬帝の陰謀によって太子位より廃され、さらに煬帝の即位後には自殺を強いられた。また、彼の子らもことごとく処刑されている。
人徳ある者も、その父の非道ゆえに若くして命を落とした。ああ、まこと暴君許すまじ…といったところか。
どうも、あまりに話が出来すぎている。煬帝の暴虐は後世に誇張されたというから、楊昭の早世もそれを補強するための材料に用いられたのかもしれない。
などと思いつつ、今日はTAEBO T3 アクセラレーション(エクスプレス)。
ま、勝手に話を作らないことだな、と自戒。
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