607年は小野妹子が隋に渡った年。この時、例の「日出ずる処の天子」云々という国書を携えていったという。
帰国の途上で、彼は煬帝からの国書を紛失し、その罪で流刑を言い渡される。だが隋からの使節たちの手前具合が悪いと言うことで赦免されている。なお、紛失の真相は諸説あるようで、実態は定かではない。
その後再び彼は遣隋使をつとめており、冠位十二階の頂点、大徳まで出世している。たしかに、大事な国書を紛失するような粗忽者とは考えづらい。
とはいえ、推測や憶測は妙な方向にずれちゃうことも多いしな、などと思いつつ、今日はTAEBO T3 アクセラレーション。
たかだか自分の身体のことでも、自分のイメージとずれて動いていることは多々あるしね。
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