844年はミカエル1世ランガベーの没年。813年、東ローマ帝国の帝位を退いた彼は、死に至るまでの長き年月を修道士として暮らしたという。
しかし、彼より帝位を奪ったレオーン5世はおろか、その暗殺後に帝位に就いたミカエル5世が斃れ、その子テオフィロス、さらにその子ミカエル3世が東ローマ帝国を継ぐまでの間、生きながらえたとも言える。
それが彼にとって幸いだったのか、つらい不遇の日々だったのかはよくわからない。
まー人間どんな時でもそこそこ楽しんだりするからなー、などと適当にほざきながら、今日はターゲットタエボーの二頭筋&三頭筋および背中。
同様に、どんなラッキーの中でも悔やんだりもするんだが。
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